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2021-10-26

セシリア・アハーンと加賀雅子さん

編集プロダクション、オフィス・カガの加賀雅子さんと初めてお会いしたのは、ネットで翻訳者募集の広告を見つけて応募した、2002年頃のことです。

加賀さんには一般向けノンフィクションの翻訳をしたいとお伝えし、リーディングの仕事を11件受けたあと、ノンフィクションではなく、アイルランドの若手作家セシリア・アハーンのデビュー長編P.S. I Love You(邦題『P.S.アイラヴユー』)の一部下訳の仕事が舞い込みました。下訳を担当されていた方が途中で仕事をおりられたので、引き継いでくれる人を探しているとのことでした。その方がひととおり翻訳を終えたあとで大幅に修正した英文原稿が届いたので、新旧の原稿を付け合わせて変更箇所を洗い出し、カットされた箇所を削り、新規箇所を訳してほしいという依頼でした。それ以前からアイルランド音楽にはまっていて、アイルランドという国に興味もあったので、喜んでこの仕事をお受けしました。この新規箇所の翻訳を加賀さんが気に入ってくださり、今度は小学館がつぎに出すアハーン作品を選ぶ際のリーディングの仕事をお受けしました。このときは3作品同時に検討されたそうで、わたしが担当したのはアハーンの第2作Where Rainbows Endでした。

このレジュメが通り、『愛は虹の向こうに』を訳すことになります。大学では英文学を学んだものの、小説の翻訳は翻訳講座の課題のほか、実戦ではハーレクインを3点訳しただけのフィクション初心者、しかも300ページ超えの作品にしては締切がきつかったので、できはよくなかったと思います。そのせいもあってか、翻訳原稿をお読みになった編集者が、この作品が手紙やメールやチャットばかりで構成された書簡体だということに改めて気づかれて出版を躊躇され(書簡体だということはレジュメにはもちろん明記しましたが)、訳稿はしばらく寝かされていました。その時間を翻訳に当てられたらもっと推敲できたのにと悔しい思いをしました。結局、邦訳は1年後に無事出版されました。

作品の発表から10年後にはLove, Rosieというタイトルで映画化され、『あと1センチの恋』として日本で公開されたときは、いそいそと映画館に見に行きました。リリー・コリンズの好演もあって映画は好評でしたが、作品の要所の設定が原作と違っていたことと、舞台がアイルランドではなくイギリスに移っていたことは少し残念でした。映画化に際してよくあることなのでしょうが。

加賀さんがアハーン作品のシリーズ化にご熱心で、その後も強く推してくださり、下の写真の3冊を訳しました。フィクション翻訳初心者に著名な作家の作品を翻訳する機会を与えてくださり、身に余る光栄でした。

セシリア・アハーンに関しては、コミカルな人情物が得意で、弱者に対する視線があたたかく、人間味があふれているのが持ち味ですが、たびたび脱線して収拾がつかなくなる傾向があり、本国での特別扱いとも思える原作に対する高い評価は正直なとこ長い間、疑問でした。最近になってアイルランドの近代史を読み、セシリアの父親バーティ・アハーンがアイルランド首相に在任中、南北アイルランドの和平に陰で尽力したことを知りました。ほかの政治家2人にノーベル平和賞が贈られるほどの歴史的大事件でしたから、当時の首相のお嬢さんが執筆したデビュー作が国内外で大絶賛されたのも頷けます。

なぜ急にセシリア・アハーンのことを書いているかというと、先日久しぶりに加賀さんにご連絡しようとして、長らく使っていらしたメールアドレスにメールが届かず、葉書をお送りしたところ、そちらも返送されてきたからです。年初には年賀状をいただいており、その後どうされているのか気になっています。



















2021-06-01

重版のお知らせ

第4刷。
『選択しないという選択』

選択しないという選択 ビッグデータで変わる「自由」のかたち』(キャス・サンスティーン著、伊達尚美訳、勁草書房)


2021-04-15

20代はほぼ翻訳一色でした

大学卒業2年後に翻訳会社に転職

高校時代に翻訳という仕事に興味を持ち、大学では英文学を学び、貿易会社に就職して2年働いたあと、念願の翻訳会社に転職しました。入社1年めは、ワープロオペレーター(英文専用ワープロを使って、翻訳に入った赤字修正を入力したり、英語の取説等をレイアウトしたり)として働き、そののち、翻訳部に移って社外翻訳者のコーディネーターを務めながら機械分野(車関係)を中心とする英文和訳の仕事を兼務しました。この間、英和自動翻訳システムの開発に乗り出していた大手企業2社の外部要員として先方に出向して初期のシステムを評価するという得がたい経験をしました。勤め先の社長が自動翻訳システムにおおいに期待していたからです。残業の多いきつい職場でしたが、社員同士の結束は固く今でも付き合いがあり、翻訳の基礎も学ばせてもらい、この会社には恩を感じています。

ここに5年勤めたあと独立し、フリーランスとして実家で英和実務翻訳の仕事を請け負うようになります。仕事は最初から比較的順調でした。トライアルは1、2社を除いてすべて合格、そのうちの数社から途切れることなく仕事をいただきました。バブルとは無縁な地味な生活を送っていたので気づきませんでしたが、これもバブルの恩恵だったのでしょう。ジャンルは多種多様でしたが、通信分野の仕様書の和訳はかなり大量にこなしました。知人の紹介でギターやゴルフ雑誌の記事の下訳も経験しました。

この頃に一度著名人の伝記本を下訳する機会がありました。そもそも本を訳したくて翻訳を志したこともあり、普段以上に気合いを入れて取り組みましたが、かなり苦戦しました。分担訳でたいして分量はなかったものの、凝った表現をうまく日本語にできず、実務翻訳とはまったく要領が違い、時間もかかりました。実務翻訳には実務翻訳の難しさがありますが、当時、受注していた書類は、契約書を除けば大方わかりやすいシンプルな文体で書かれていたので、英語の読解や日本語の表現で悩むことは少なかったのです。翻訳会社勤務時代、4カ月休みをいただいて、ニューヨーク州イサカにある大学の英語集中講座で学び、受講終了時点でTOEFLの成績600点を超えていましたが、翻訳に使える英語力にはほど遠かったようです。

大学院留学を目指す

この経験から、もっと英語力をつけなければという思いが強くなり、今度は大学院留学を考えはじめました。さいわい貯金も少し貯まっていました。出版翻訳を目指すなら文学を専攻すればよかったのですが、なにせ当時の生活圏だった東海地方には出版翻訳の仕事をしている知人がひとりもおらず、雑誌『翻訳の世界』だけが唯一の情報源、じかにお話をうかがえた文芸翻訳家は、もう亡くなられましたが、講演を聴きに行った常盤新平さんただ一人。常盤先生にお礼状を出したところはがきでお返事をくださっていたく感激したものの(面識がないにもかかわらずお返事をくださったのは、今思えばわたしの旧姓のおかげ)、果たして本当に本を翻訳できるようになるのか皆目見当がつかず、英語を専門にしている方に相談してみても、あまり参考になる答えは返ってきませんでした。

出版翻訳者になれなかった場合、教職は向かないとわかっていたので、専攻対象から文学は外れ、まだ就職口が見つかりそうなコミュニケーション学部で学ぼうと決めて、1991年9月から2年間、ニューヨーク州シラキュースで暮らし、パブリック・コミュニケーションを教えているシラキュース大学ニューハウス校の広報学科修士課程に籍を置きました。実用的な技能教育指向のカリキュラムで、理論のほかに市場調査やニュースライティング、PCを使ったグラフィックデザイン(DTP)などの授業があり、クラスにはすでに新聞記者として働いた経験のある学生もいて、おおいに刺激を受け、鍛えられました。当時は授業についていくのに必死で、友達つくる余裕もありませんでしたが。

翻訳者になるのに留学は必要ないということをよく耳にします。留学せずに活躍している素晴らしい翻訳家はたくさんいらっしゃいますし、日本にいても翻訳に必要な英語力は鍛えられるはずです。わたしの場合、不足する英語力を鍛える方法として、ほかに選択肢が思い浮かばなかったに過ぎません。わたしが通っていた名古屋の大学では毎年学生を何人か海外に送り出していて仲のよかった友人が留学していたし、当時、周囲で英語を使って活躍している女性の多くが海外で学んでいて、留学が比較的身近だったことも影響しています。東京の翻訳学校の名古屋校ができたとき、喜び勇んで飛びこんだ教室で出版翻訳を習ったのは、アメリカに留学されたのち日本の大学で英語を教えていた方でした。また、イサカ時代、日本人女性のお宅に居候させていただいたのですが、その方はアメリカで博士号をとられ、同時通訳として第一線で活躍していらっしゃいました。名古屋の学校でその方の通訳の授業を一期受けたことがあり、その後たまたま翻訳会社で再会しただけのご縁でしたが、親切にしていただき、その間いろんなことを教わりました。

今は海外に出るのが容易ではない状況ですし、誰もが留学したいわけでも、できるわけでもありません。あの頃の自分に、留学せずに英語力を伸ばす方法を教えるとしたら、もっとせっせと英語を読みなさいとアドバイスするでしょう。留学前から英文雑誌を購読したり、たまにJapan TImesを読んだりしていましたが、原書はまだそれほど読んでいませんでした。そもそも原書を買える場所が当時はまだ限られていたのです。原書を読むのは体力がいりますから、ついでに体も鍛えなさいと。体力のある若いうちに自分のレベルに合った英語を少しでも多く読むのが、遠回りでも確実な英語上達な方法だと、今頃ようやく実感しています。

2020-10-02

こんなふうに翻訳しています(辞書編)

普段使っている辞書・辞典類です。電子辞書やネットの辞書サイトを使うことが増えて、ほとんど使っていないものもありますが、記録もかねて、列挙してみました。


●英和辞典


・紙版

三省堂ウィズダム英和辞典 第2版

小学館プログレッシブ英和中辞典 第3版

研究社リーダーズ英和辞典(一冊、潰れて2代目です)


・電子

研究社リーダーズ+プラスV2 

小学館ランダムハウス英語辞典

大修館書店ジーニアス英和・和英辞典

研究者新編英和活用大辞典


辞書アプリはLogophile V.1.6


●英英辞典


Oxford Advanced Learner’s Dictionary of Current English

Longmont Dictionary of Contemporary English


●各国語辞典


伊和、西和、中和、中英・英中、独和、仏和、葡和辞典を用意しています。珍しいものでは、アイルランド語-英語の地名辞典なども。


●日本語まわり


・国語辞典

三省堂新明解国語辞典 第4版

三省堂広辞林 第6版

小学館新選国語時点 第9版

岩波書店広辞苑 第5版 電子版


・用字用語

日本語の正しい表記と用語の辞典第2版(講談社)

記者ハンドブック第13版、新聞用字用語集(共同通信社)、第9版もあります。


用字用語辞典は何種類か持っていましたが、どれも大きな違いはなさそうなので、今手元にあるのはこの2冊。


出版翻訳をするようになって、ゲラを修正するときにとても訳に立っているのが、こちらで、薄い本ですが、重宝しています:

校正記号の使い方 第2版(日本エディタースクール)


ほかに類語辞典、逆引き辞典、使いさばき辞典など各種。


●その他


インターネットが普及していない時代に集めた各種辞典、今はほとんど使いませんが、なかなか捨てられません。

建築事典、調理用語事典、印刷技術用語辞典、固有名詞発音辞典


正直なところ、ほとんど使っていない辞書もありますが、辞書はなかなか捨てられません。

以上、とりあえずのまとめです。追って更新します。

2020-09-21

こんなふうに翻訳しています(機械編)

最近は原書を読むときも翻訳するときも、たいていキンドル版かPDFファイルをPC画面で拡大表示して作業しています。おかげで、小さい文字を読み間違えることによる思い込みや勘違いがぐっと減りました。

翻訳するときは画面左上に原書、その下にテキストエディタのJeditを開き、画面右にWebブラウザと辞書ソフトのLogophileを開いて作業します。リーディングの際は、これに加えてMacのメモアプリ、スティッキーズを使って固有名詞やあらすじをメモしていきます。以前は原書を読みながらノートに手書きでメモしていて、この作業にずいぶん時間がかかっていましたが、キーボードで入力するようになって、時間が大幅に短縮できました。原書は数行ずつ表示します。そのほうが視線が移動したあとですぐに元の場所に戻れて、効率的です。


昔、ブラウン管のiMacを使っていた頃、平日の4日間、超特急のニュース記事翻訳をしていた時期がありました。その最中に機械が故障して、修理してくれる秋葉原のお店までタクシーに乗ってiMacを運んだことがあります。1日預けて帰りは宅配してもらったのですが、それに懲りて、そのあと2台続けて、手軽に運べるノートパソコンに変えました。ノートパソコンはコンパクトで場所を取らないので机を広々と使えますが、翻訳作業をスムーズに進めるには少し画面が小さすぎました。それに、画面が下にあるため、やや下向きの前傾姿勢が続くことになり、それも次第につらくなってきました。


そういう経緯を経て、7年前にMac mini23インチ液晶ディスプレイという現在の環境に変えたのですが、それ以降、作業能率は格段に向上しました。最近、翻訳者のデスクにディスプレイが2台並んでいる画像をよく拝見するようになり、私ももう1台増やそうかと検討したこともありましたが、この先、本体を買い換えることはあっても、ディスプレイを増やすことはもうなさそうです。


2020-09-17

長年の目標を半分達成

今週は週のはじめに立ち寄った書店で、最新訳書『読書する女たち』が外国文学の棚に並んでいるのを偶然見つけ、その喜びをかみしめて過ごしています。いつかここに並ぶ本を訳したいと、ずっと目標にしていた憧れの棚です。


最初にこの本のリーディングの仕事を紹介してくださったあと残念なことに急逝された翻訳学校時代の恩師にも、訳者として採用してくださったイースト・プレスの編集者様にも、感謝しかありません。


産業翻訳をしていた頃は比較的順調に翻訳道を歩んできたのに、出版翻訳に移ってから何度かつまづいて、向かないのかもしれないと途中で諦めかけましたが、続けてきてよかったです。


つぎは外国文学棚に並ぶ小説を訳すことを目標にがんばります。 

2020-09-14

ノンフィクション翻訳からフィクション翻訳へ

著名な文芸翻訳家の方たちの御訳業を拝見すると、みなさん得意とされているジャンルをお持ちです。同じジャンルの作品をずっと訳し続けていれば相性の合わない作品も、超難解な作品もあるだろうし、根気のいる、大変なことだと思います。これと決めたジャンルのどんな作品にも食らいついていくくらいの覚悟がないと、小説の翻訳はできないのかもしれないと、うすうす感じてはいます。小さい頃、手当たり次第に児童書を読みあさったとか、若い頃からミステリーばかり多読してきたという方がたくさんいらっしゃる中での競争です。私など最初から勝ち目はありません。それでも、私も最初に翻訳家を目指したきっかけが小説だったものですから、いまだに、いつかまた小説を訳したいという気持ちを棄てられずにいます。


問題はどのジャンルをやりたいのかです。


二十数年前、しばらく続けた産業翻訳から出版翻訳に足場を移すにあたって、まずノンフィクションから入りました。産業翻訳の延長線上にあって心理的な垣根が低かったからです。ノンフィクションの書籍翻訳ではとくに専門知識のない翻訳者にもいろんな分野の仕事が回ってくるので、そのたびに勉強しなければならず、幅広い知識に触れることになって、それが楽しくもあり、大変でもあり、おおいにやりがいを感じてしばらく続けてきました。ですが、10年ほど前から急に、胸を打つ感動作や強く印象に残る作品、ちょっとおかしな話、要するに物語を訳したいと思うようになりました。


フィクションの翻訳家を目指すにあたっては、やりたいジャンルが決まっていたほうが、その先ものごとがスムーズに進むに違いありません。ですが、どのジャンルを見ても、そのジャンルに集まる方たちの熱量がすごすぎて、なかなか足を踏み込めずにいます。どのジャンルにも好きな作品はあるのですが、熱意が足りず、特定ジャンルに深くのめり込めないのかもしれません。


そんなこんなで迷っていたら、一般文芸という、ジャンルを超越した言葉に出会いました。一般文芸がどの辺りの作品を指すのか、正直まだよくわかっていません。エッセイなど、ノンフィクションも一部含まれるのではと思います。が、とりあえず残り少なくなった人生、ジャンルを特定せずに文芸翻訳家を目指してがんばります。というわけで何年か前からリーディングの仕事ではできれば小説をとお願いし、日々英語圏の小説を読んで、面白い作品を探しています。よい作品はいくらでもありますが、自分にぴったりくる作品にはなかなか出会えません。出会うまで、これからも読み続けます。

注記)ジャンルは決められなくても、苦手なジャンルははっきりしていて、バイオレンスとロマンスにはあまり興味が湧きません。


 

2020-08-28

タイトルは、そのまま訳しただけでは伝わりにくい

家にいる時間が増えたので、テレビの前にいる時間がつい長くなります。NHK BSで放映される名画を録画しては、週末に観るのが楽しみのひとつとなりました。

先日は『遙か群衆を離れて』というイギリス映画を観ました。原作はトマス・ハーディの小説。この作家の小説はいくつも映画化されています。


『遙か群衆を離れて』って、あまりぴんとこないタイトルだ、内容を表しているようには思えないけど、どういう意味だろうと気になって調べたら、原題のFar from the Madding Crowdは詩の一節なんですね。トマス・グレイという詩人の傑作 Elegy Written in a Country Churchyard からとったものだと、ウィキペディアに書いてありました。かなり有名な詩のようですが、知りませんでした。


映画のタイトルに使われた一節の入った連はこんな感じ。


Far from the madding crowd's ignoble strife, 

         Their sober wishes never learn'd to stray; 

Along the cool sequester'd vale of life 

         They kept the noiseless tenor of their way. 


詩の全文はこちら、長いです。私の英語力では、流し読みしただけでは意味がとれません。


岩波文庫から翻訳が出ていました。

『墓畔の哀歌』(トマス・グレイ、福原麟太郎訳)


名も無き農夫たちの墓に寄せた詩。それなら映画の内容とつながります。この詩を誰もが知っていて、Far from the Madding Crowdという一節を見て、詩全体の内容が浮かぶ、という状況だからこそのタイトルのようです。邦訳が見つかったら、詩をじっくりと読んでみることにします。


映画に限らず邦題をつけるのは難しい。

2020-08-26

ワインのガイドブックの下訳

今から二十数年前にワインのガイドブックの下訳をしたことがあります。その頃、私にとってワインは少し改まった機会にレストランで食事をするときに飲む、ちょっときどった飲み物でしかなく、詳しくはありませんでした。それでもほかのお酒より好きだったので、そのお仕事を受注して、とてもうれしかったことを覚えています。ワイン関連の翻訳がどれほど大変か、そのときはまだよくわかっていませんでした。

それは世界のワインとワイナリーを紹介する本で、英語以外にフランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ドイツ語だけでなく、ギリシャ語やハンガリー語といった、なじみがなく、スペルを見ても発音を推測できない固有名詞が出てきて、調べ物の山。ネットの情報は今ほど充実していなかったし、資料はあれこれ集めましたが、それだけでは全然追いつかず、締切までになんとか仕上げたものの、かなり不本意な出来でした。あとでチェックをしてくださった方にもずいぶんご迷惑をおかけしたに違いありません。

その本に出ていたお値打ちワインを買ってきて、家でひとり飲みして悪酔いしたこともありました。今だったらもう少しまともに訳せたはずと思えるくらいには、あれから本を読み、お手頃ワインを中心に、いろんな国のいろんな銘柄を飲んできました。カリフォルニアに旅行したときは、ワイナリーツアーに参加して、はじめてワインの製造工程やセラーを見学したのですが、そのとき知り合った台湾人の女性は、カリフォルニアの大学で醸造学を学んでいる学生さんでした。


その後、国産ワインもずいぶん生産者が増え、旅行先でワイナリーに立ち寄る楽しみができました。日本のワイン醸造発祥の地である勝沼のほか、これまでに伊豆、塩尻、松本、安曇野、東御、小布施、足利、新潟、花巻、紫波、余市などのワイナリーを訪ねました。なかでも勝沼にはワイナリーがたくさんあり、1日で何カ所も回って試飲を楽しめるので、秋はとても賑わっています。

大変な仕事だっただけによく覚えているし、あの経験をきっかけにますますワインが好きになり、世界も広がりました。たいして量は飲めませんが、今も週末はたいてい赤ワインを楽しんでいます。今は気軽に旅行もできず、ワイナリー巡りができる日が戻ってくるのを心待ちにしています。ワインの専門書を訳す機会はもうないでしょうが、小道具にワインの出てくる小説はいつか訳してみたいです。


勝沼のメルシャン・ワイン資料館



2020-08-23

原書リーディングの報酬について思うこと

しばらく前に、原書のリーディングの料金についてツイッターで話題になっていました。ざっと要約すると、リーディングの仕事は大変で時間がかかるので、報酬が安すぎるのは問題だという内容でした。何人かの方からいろんな状況のご報告がありましたが、おおざっぱにまとめてしまってすみません。

はじめてリーディングの仕事を受けたのは25年ほど前、それからしばらく、リーディングの仕事は翻訳エージェントや編集プロダクション、翻訳学校などを経由しており、報酬は5000円から1万円程度。予定していた支払いがないことはたまにあったし、レジュメを書いても、翻訳の仕事が回ってくることはまずありませんでした

10年ほど前に出版社や版権エージェントからこの仕事を受けるようになってようやく、人並みの報酬をいただくようになりました。なので、かなり長い期間、低めの料金で仕事を受けていたことになります。たまに2、3日で読めてしまう本もありますが、300ページを超える原書を1冊読んであらすじをまとめるのにたいてい2週間以上かかるので、さすがに5000円は割に合わないと今は思います。

ただ、報酬の相場が上がると、リーディングを経ずに邦訳出版を検討する事例が増えはしないかといらぬ心配をしてしまいます。ずいぶん前に本の翻訳が終わったあとで出版が取りやめになり、原稿がお蔵入りという事故を2度経験したのですが、いずれの場合もリーディングの工程を省かれて、翻訳原稿を読んでみたら思っていた内容と違ったというのが原因のようでした。

こうなることを防ぐためにも、リーディングは省かないでいただきたいものです。

リーディングに関してはむしろフィードバックがほとんどないことが残念です。長い時間をかけて書いた文章に、何かひと言でも感想をいただければ、レジュメを書く際の参考になるし、つぎのご依頼もお受けしようという気になります。

数えるほどしか訳書のない私のような翻訳者が意見を述べるのはおこがましいですが、リーディングはそれなりに数をこなしてきたので、思ったことを書いてみました。お蔵入りの件については書いてよいものか迷いましたが、どちらもすでに時間がたっており、関係者にご迷惑がかかることもないだろうと判断しました。この手の事故を避けるために、参考にしていただければさいわいです。